ブログ - 星川淳 INNERNET WORKS

『タマサイ』〜 あとがき

 
「タマサイ」表紙

 この作品は、前作『ベーリンジアの記憶』(幻冬舎、一九九五年初版時タイトル『精霊の橋』、九七年同社文庫化で改題)の続編であると同時に、単独でも読めるように書いたものです。前作発表直後に丸一年かけて北米、中米、ポリネシア、オセアニアと取材の旅をし、その後も国内を含む見聞を広げながら、実際に書き始めてから十五年近く温め続けた末に、ようやく出版の機が熟しました。

 これまで自著としては唯一のフィクションだった前作は、いまから一万四〇〇〇年ほど前の最終氷河期末、シベリア太平洋岸から当時は地続きだったベーリン グ陸橋(考古学でベーリンジアと呼ばれる)づたいに北米へ渡った少女ユカナを主人公に、陸路による先史モンゴロイドの民族移動を取り上げました(本書出版 と同時に電子版で復刊)。書いた本人がその世界から抜けられなくなるほど物語の力に引き込まれ、実際に仕事の内容や生き方まで強い影響を受けましたが、続編を書くつもりで聞き歩いた北米各地の先住民集団が、ほとんどベーリンジア経由の来歴を否定することは目から鱗でした。考古学の定説になっているユーラシアからの民族移動を口にしようものなら、「白人の洗脳に騙されてはいけない」と諭されるのです。
 最初は科学的知見との矛盾にとまどいましたが、やがてそれが一部のヨーロッパ系住民による「おまえたちだって移民なら先住権など主張するな」という荒唐無稽な攻撃に対する一種の政治的防衛の要素を含むことに思い至りました。しかしもう一方では、ベーリンジア経由の陸路移住以外に伝えられる多様な来歴にも関心が深まりました。なかでも多くの集団に共通するのが海路民族移動の伝説です。また考古学や人類学でも、先史モンゴロイドの南北アメリカ拡散に〈舟〉が関わっていた可能性を示唆する研究が注目されつつ あります。

 いつしか、二作目のテーマは〈海〉になっていきました。すると不思議なことに、ポリネシアでも、北米北西部の海洋先住民のあいだでも、さらには日本列島のアイヌ民族や沖縄の人びとのなかからも、古来の刳(く)り舟(カヌー)と、それによる渡海の技(わざ)を復活させようという機運が盛り上がっていたではありませんか。私自身のなかに眠っていた海洋民族の血も騒いだのかもしれません。双胴遠洋カヌーと、近代計器を使わない伝統航海術とを蘇らせるハワイの力強い動きを追って『星の航海師――ナイノア・トンプソンの肖像』(幻冬舎、近々電子版で自家復刊予定)をまとめ、その過程で『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第三番』制作中の龍村仁監督にナイノアたちの活動を紹介してハワイロケに同行したほか、ハワイ―タヒチ間の第一回復元航海でスターナビゲーション(星を頼りに目的地をめざす技術)の指南役を務めたミクロネシアのマウ・ピアイルグを取材に訪れたり、北米北西海岸の先住民たちが四年に一度、バンクーバー島南端のビクトリアに伝統カヌーで漕ぎ集まる祭典「トライバルジャーニー」をNHKのBSでテレビ番組にしたりと、犖斗茲猟路瓩鬚瓩阿辰匿靴靴な野に関わることができました。

 もちろん国内に目を向ければ、アイヌにはイタオマチップ(刳り船ベースの板綴り舟)があり、琉球文化圏にはサバニがあり、三〇年暮らしている屋久島のすぐ隣の種子島でも、独特の洗練された丸木舟がつい最近まで現役で使われてきました。おまけにそれらはみな、かつては帆を張って外洋航海と呼べるほどの遠出をしたというのです。本書を書き進めるのとちょうど時を同じくして、沖縄で慶良間諸島から那覇へのサバニ帆漕レースが行われるようになったのには胸躍り、何度も取材観戦に通いました。一方、アイヌ民族が二〇〇一年の「トライバルジャーニー」にゲスト参加するきっかけづくりをお手伝いし、代表チームが北米の赤杉で大型のイタオマチップを建造して、海洋インディアンたちとバンクーバー島南端への潮路をともにするという進展にも声援を送りました。
 私事にわたりますが、屋久島で育った海好きの息子も海外留学などを経て島へ戻り、体ひとつで海に生きる道を選び取りました。いまでは一本釣りの漁師として師匠の船を受け継いで独立し、ときには奄美や吐噶喇(トカラ)列島まで漁に出ることもあります。本人によれば、「代々培われてきた口承文化であり口伝技術である漁法や漁師の知恵が途絶えること」に危機感を抱く海の男に成長しました。

 この物語は、こうした古くて新しい〈海の道〉が、鉄砲伝来時代の種子島の少年・龍太と、第一作から続く現代の語り手・由季を通して、ひとりでに綴ったものとも言えます。前作同様、私自身は準備を整えたものの構成などはほとんど事前に固めることなく、最初の数行を書いたあとは、ただ物語が自然に展開するのを感嘆しながら見守っただけに等しいのですから――。出版前にごくわずか簡易印刷した確定直前の原稿を読んで、若い友人の一人が「ソウルフィクション(SF)という新しいジャンルが生まれた」という意味の感想を寄せてくれました。著者自身、遠い過去のことを書きながら、内心どこかSFみたいだなと感じていたので、これには膝を打ちました。
 前作文庫版の表紙に続き、今回も生命の輝きあふれる作品を表紙に使わせていただいた写真家の故・星野道夫さんは、一九九六年にカムチャツカ半島で亡くなる直前、遺作となった名著『森と氷河と鯨』のなかで「爐燭泙靴き瓩領蓮廚里海箸鮓譴蠅呂犬瓩討い泙靴拭今回の小説第二作には、同書連載中の星野さんとテーマやインスピレーションを共有し、ときには互いの取材について熱く情報交換し合った、大切な思い出も詰まっています。
 前作以来、魂の源流を探っていくと、そのむこうに現代や未来の問題が見えてくる、そしてその逆も真である、一見不思議だけれども、ある意味ではあたりまえの共時世界に馴染んだ私にとって、この物語は時間と空間を超えた狄涜沖瓩陵萠鬚琉戝爾任后2甬遒ら未来を見ているのか、未来から過去を見ているのか――いやじつは、私たちの深い学びはそういう矢印とはあまり関係なく起こるのかもしれません。
 十五年も温めているうちに、すっかり自分の一部になってしまったその狄涜沖瓩諒語を、みなさんとも共有しないと先に進めない気がしてきました。私にはもう物語の次の展開が見えかけているので、そろそろ魂の旅(ソウルサーチ)の続きに出たいと思います。その結果は、いずれまたご報告させてください。
 
二〇一三年 仲秋の頃 星川 淳